2019年12月4日水曜日

かけ算の順序について思うこと

要約
「かけ算に順序をつけるのは数学的に誤っている」というステートメント,本当?

こんばんは.
このところまた「かけ算順序問題」が再燃していますね.
この度,3年以上眠っていたブログを掘り起こして深夜に記事を書いているのはこの問題について一度発散しておきたいと思ったからです.

かけ算順序については以前あまり愉快ではない経験をしたおかげで言葉をボカしたり条件を限定したりと直接言及を避けていたのですが,私[1]個人の感覚としては
かけ算の順序,別にあっても良くね?
というものです.

あっ待って叩かないで

マイルールとして「かけ算の順序」はものを書くときのガイドとしてできるだけこの順序で書きたいな~という感覚ではありますが,当然他のルール(アルファベット順や他の式との兼ね合いなど)が優先することもありますし,小学校などの教育現場でバツをつけたりすることに関しては私も,いやバツではないだろ,とは思います.

しかし,かけ算の順序そのものについて「数学的に間違っている」と激しく非難されることについてはどうしても違和感を覚えてしまいます.
今回の焦点はここで,(教育現場で使われることについてはさておき)「かけ算の順序」は本当に理のないものなのか,ということについてつらつら書いていきたいと思います.

小学校での一番はじめの「かけ算」はおおよそ「\(M\)個のものを\(N\)個あつめたもの」というような意味で導入されるでしょう.これを数式で表せば
\( M \times N := \sum_{i=1}^N M \)
となります.
この定義はどうみても左オペランドと右オペランドについて非対称であり,可換性を示すのはそこそこ苦労します.(簡単な証明は以下ツイートの画像参照.上の定義では交換法則って非自明では?というツイートに対するエアリプです.和の交換則と数学的帰納法から示せている……はずです)

ある定義のもとで,ある性質が成立するからといってその性質をどこでどう使っているかという「使い方」を提示せずにいきなり使っても意味は同じだと主張するならば,
世の「証明問題」はすべて「定義より自明」を終わってしまうのではないでしょうか.

実際に上の証明の一部を抜粋すると,②で

\( (k+1) \times 1 = k + 1 \)
\( 1 \times (k+1) = 1 \times k + 1 = k + 1 \)

と式が出てきますが,ここで2式目の左辺を\( (k+1) \times 1 \)としてしまっては何を証明しているんだかわかりません.
この証明自体もかなり端折っているのでこの式だけ見ても意味はわかりません.ペアノ算術で加法の交換法則を証明したところ,あたりの文脈で分かるくらいの粒度で書いています.もう少し日本語を足して記号論理学のレポートとして出せばまあ正解といってもらえるのではないでしょうか.
より厳密な議論が必要ならば(”レポート”であればこの前の段階で)自然数や加法の定義からしっかり書く必要もありますし,逆に大学受験の整数問題をやっているというような文脈ではかけ算ごときにいちいちこの密度で書いていたら肝心の素数だとか平方数だとか問題に必要な性質をどこで使っているんだか見失ってしまいます.

数式自体に意味は無いとの批判も目にしましたが,実際問題として問題を解くというコミュニケーション(これは答案に限らず数学的問題を解いて他人を共有するということを意味しています)において数式には文脈による意味が込められています.(例えば簡単な等値変形が連続するときは何行か式を続けて書くことも多いと思いますが,これにだって文脈はあります)
一律にその数式だけを取り出して数学的な正誤を語るというのはナンセンスではないでしょうか.

小学校のかけ算の問題に戻ると,問題文から式を立てよと言った場合,「\(M\)個のものを\(N\)個あつめたものを\( M \times N \)と書く」という文脈が明らかにされている限りにおいては順序を規定したかけ算は成立しますし,一方実際はそこまで明文化されてはいないものを小学生に読み取らせることは無理があろうとは思います.もっと良い聞き方もあるのかもしれません.そのあたりの現場的な問題は専門家におまかせします.

かけ算順序問題の批判を目にするにつきモヤモヤする点はやはり「数学的正誤」がどうという批判で,正直「数学的」と言ってるその人はちゃんと「数学的に正しい」ことはどんなことなのか数学的に定義しているんだろうか,(少なくとも私の中では)成立している順序のあるかけ算というものを,はじめから無いと切り捨てることは数学的なのか,という気持ちになります.はたまたこの定義をはっきり示したところでその定義の仕方の時点からわかり合うことはできないのでしょうか……[2]

思ったままに書いたので話があっちこっちで読みにくかったかと思いますが書きたかったことは以上です.最後までありがとうございました.

[1]:「私」は現在物理学を専攻する大学院生で,数学との関わりは学部で副専攻として数理コースを取得したという微妙なものです.数学そのものの研究をしたという経験はありません.また,教育学などについての知識もなく,この記事はあくまで1数学ユーザーの感想として捉えてください.
[2]:以前かけ算順序について論じたとき,自分の中でもはっきりしておらずまずもって通じ合っていなかったとはいえ,後から考えるとこのあたりが完全にズレていて,まったくもって平行線のまま終わりました.その時のいろいろが冒頭の「あまり愉快ではない経験」に繋がったわけですが……